『普通』・・・・?



犯罪大国ギルカタール。

その名を聞けば他国の人間ならば震え上がる。

国民はもちろんのこと、王と王妃までが非道冷酷の権化のように言われる国で、たった一人例外が存在することを知る人間は少ない。

たった一人の例外、それは第一王位継承者にして、ギルカタール国王の愛娘、アイリーン=オラサバル。

彼女はこの犯罪大国において『普通』の人間になりたいと言い張った珍しいプリンセスだった。

そんな娘の事を心配し、両親と自分の結婚を賭けた取引をしてまで『普通』になりたいと望んだ意志も固く、勇敢なプリンセス・・・・だった。
















「ああああ〜〜〜〜、もうっ!!」

とうとう切れた、とばかりのアイリーンの叫び声が謁見室に響いた。

「ご、ご主人様。」

「大丈夫ですか?マスター。」

忠実なる侍従のチェイカとアルメダに左右から覗き込まれて、アイリーンはうんざりした様子を隠すこともせず額に指を添える。

「大丈夫じゃないわよ!あの馬鹿親父ときたら、こんんま面倒な案件まで放り出していって!!」

ギリギリと歯を噛みしめながら、親の敵(実際に見えているのは、書類の先の当の親だが)のように書類を睨み付けるアイリーンに、チェイカとアルメダは少々空々しく笑って視線をそっぽにむけた。

アイリーンが王と王妃との取引に勝って、早数ヶ月・・・・ついでに、王の執務を丸投げされて数ヶ月。

『普通』になりたいといいながら、ギルカタールの事を嫌いになれないアイリーンの性格を読み切られていたことが今更ながらに悔やまれる。

「こんな事なら、さっさと夜逃げしておけばよかった・・・・」

はあ・・・・とアイリーンがため息とともに、そんな言葉を零した途端、部屋の空気がさっと緊張を帯びた物に変わった。

といっても、そんな空気を変えるほど気配を変えたのは、チェイカとアルメダではない。

この謁見室にいるアイリーン、チェイカ、アルメダ以外の5人の男共だ。

カーティス=ナイル、シャーク=ブラントン、スチュアート=シンク、タイロン=ベイル、ロベルト=クロムウェル、いずれも劣らぬギルカタールの有力者達であり、かつて取引の時に婚約者候補としてアイリーンの手伝いをさせられる羽目になり、さらにその上、まんまとアイリーンに惚れてしまった男達でもある。

取引期間中にアイリーンに惚れ込んでしまった彼らだったが、生憎アイリーンがめでたく取引金額を達成してしまったために、彼女の気持ちを聞く機会を有耶無耶のまま失ってしまったために、現在牽制合戦大開催中だ。

ギルカタールの有力者ともなれば、もちろん強欲だ。

一部、方向の間違った謙虚さを見せていた者も、期間中で何か吹っ切れたのか、なんとしてもアイリーンを手に入れたいと虎視眈々と狙っている。

そんな彼らにとって、今一番困るのはまさにアイリーンが一人でどっかに逃げてしまうことだ。

「プリンセス、プリンセス!手伝いますから、何でも言って下さい!」

慌てて食い付いてきたロベルトにアイリーンは微妙な表情ながら、手元の書類を渡す。

「ロベルト、これ翻訳してくれる?」

「は〜い、お任せくださいって。」

書類を持って一歩下がったロベルトと入れ替わりで、シャークがアイリーンに書類を差し出しながら覗き込む。

「ほら、出来たぜ。」

「ありがと。ねえ、こっちの通行料はこれでいい?」

「いいんじゃねえか。もうちょっととってもいいくれえだが、先を見んならこの程度でやめとけ。」

「なるほど。いつもながらシャークの意見は役にたつわ。」

にっこりとアイリーンに笑いかけられて、シャークは少し頬を赤くする。

と、同時に他の男達の顔色が変わった。

ついでに室温も2、3度下がった気がする。

「おい、アイリーン。こっちの決済は終わったぞ。」

ずいっとシャークを押しのけて書類を差し出したスチュアートに、アイリーンは挑戦的な笑みを向けた。

「ふーん、早いわね。」

「当たり前だ。このぐらいに時間がかかる方がおかしい。だいたいお前は・・・・」

「じゃ、次これ。」

いつもの調子で小言まがいの嫌味に突入しそうになるスチュアートを遮ってアイリーンは次の書類を押しつける。

「人の話をきかんか!」

「頼りにしてるから、ね?」

小首を傾げて見上げられて、スチュアートは中途半端に言葉を飲み込んで結局「まかせておけ・・・・」と呟いて次の仕事に取りかかる。

「お嬢!例のもめ事に関する件、片づけといたぜ。」

「さすがタイロン。・・・・たてつづけでなんだけど、これも頼んでいい?」

「当たり前だ!お嬢の頼みなら何でもするぜ!」

まかせとけ、とばかりに胸をはるタイロンにアイリーンはにこっと笑った。

そこへ、ロベルトが横手から首を突っ込む。

「プリンセス〜、できましたよ!」

「ありがとう、ロベルト。」

「早かったでしょ?俺、がんばりましたよね?」

褒めてもらいたい子ども、あるいは犬なみに目をキラキラさせて見上げてくるロベルトにアイリーンは撫でる仕草つきで期待に応える。

「うんうん、頑張った。ステキよ、ロベルト。」

「プリンセスvv」

「次、これねv」

「もちろん、ちゃっちゃと済ませますからねvv」

語尾にハートマークをふんだんに飛ばしながら、へらりっと満足そうに笑うロベルトを見送っていると、今度は王座の影から妙に冷めた声で呼ばれる。

「・・・・プリンセス・アイリーン?」

「何?カーティス。」

「僕には何か頼んでくれないんですか?何でもしますよ?」

その言いぐさにアイリーンは微妙に嫌な顔をしつつ、ため息をついた。

「・・・・殺しがらみしかないでしょーが。」

「殺しがらみならなんでも♪」

「・・・・・・・・じゃ、この件の首謀者とっつかまえてきて。基本的には生きて連れてきて欲しいけど、ダメだったらいいから。」

「う〜ん、地味ですねえ。毎日嫌味をいうあの大臣とか殺っちゃいません?」

「・・・・殺らない。一応まだ必要なのよ。」

「えー、しょうがないですね。貴女の役に立ちたいですから、頑張ってきますよ。」

少々不満そうに言いながらも、アイリーンの耳に唇を寄せて囁く事は忘れない。

「・・・・上手くやったら、愛人にしてくださいね。」

「・・・・考えとくわ。」

耳を押さえて少し頬を赤くしたアイリーンに気を良くしたのか、カーティスの姿はさっと消える。

それを見送ってから、アイリーンは心底疲れたようにため息をついて、不承不承、さっきロベルトが解読訳をつけた機密書類に目を落とした。
















「・・・・チェイカさん。」

「何?」

「マスターって、『普通』になりたかったんすよね?」

「そうよ?」

「俺、ギルカタール生まれギルカタール育ちでよくわかんねえんですけど、『普通』の人って強欲で知られるギルカタールの有力者を5人も上手いことエサやって右へ左へと使いこなせるもんなんですか?」

「・・・・・・・・・・ご主人様、ご立派になられてっ・・・・!」

「・・・・・涙ぐんで感動するところじゃないような気がするんすけど・・・・・」























                                            〜 END 〜












― あとがき ―
欲しかったなあ〜、ハーレム女王ED。つーか、無かったことに驚きました(笑)
ライルがいないのは、さすがに奴は操れねえ、と東条が断念したから(^^;)